(消えちゃえばいいのに)


ベンチの片隅にを探す


うっとうしい梅雨もあけ、厳しい夏もあっという間に終わりを告げ、次に待っている季節といえば秋だ。
学校から少し離れた商店街に今俺はいて、一人ベンチに座っている。

今が、冬じゃなくて良かったと思った。




「近い将来僕は彼女に消されてしまうでしょうね」

それはまだ夏休みに入る前、放課後の文芸部室で古泉が発した言葉。
周りにハルヒや朝比奈さん、長門は居らず、男二人の部室内に虚しい声だけが響いた。
先ほどまでオセロのパチ、パチ、という音が聞こえていたのだが、それは俺の手の静止で完全に止まってしまった。

「意味が分からん」

「分からなくはないでしょう。僕と貴方は将来世界がどうなるかよりも自分達を優先した」

分かってる。
自分で決めた事だ、分かってるさ。
俺はハルヒを気にしながら送る生活なんてまっぴらで、自分のしたい事、共にいたい人と一緒にいようと決めた。
…それが古泉だなんて、そこのみが俺の選択の汚点なのだが。
世界が消えるなんてのは一瞬の事で、しまったとも思えず消えていくんだろう。
なら消えるまでの期間、好きに過ごしたっていいじゃないか。
ハルヒに俺達の仲がバレたとして(俺達の仲って…)それで世界が終わるならそれでもいいと思う。
ちょっと恥が残るだけさ、男同士ですみませんみたいな、さ。

「…お前がハルヒに消されるとして、それは俺も同じだろう」

それはどうでしょうね、と古泉は笑った。

「貴方が消される事はまずないと思いますよ。」

どうしてだ、と俺は訊こうとした。
訊こうとして、やめた。
古泉がどんどん堕ちていくような気がして。
どうせ自分はハルヒにとって邪魔な存在だからとか、言い出すんだろう。
俺とハルヒの関係を遮ってるのは自分だとか。
遮ってるも何も俺とハルヒは恋人でもなければ親友でもないのに。


「俺は、お前といれるならハルヒとか世界とか、関係、ねえよ」

なぁ古泉。お前は知らないよな。
そうやって笑いながら自分を否定するような事ばっかり言って、それを見て俺がどれだけ傷ついてるか。

「…泣かないで下さい。」
「泣いてねぇ。お前がそうやって、無理に笑うから、俺が、…」

たまには泣いて、辛いなら辛いと言ってくれたらどれだけ楽だろう。
どんな事があってもお前は無理に笑うから、その分俺が辛くなるんだよ。
気付けよ、馬鹿。

「キョン君、」

涙で滲む視界のなか古泉を捕らえた。
長机を挟んで目の前にいる古泉の顔は今にも泣きそうで、唇は力無く俺の事を呼んだ。

「こっちに来て…」

初めて見る古泉の表情。
俺はしばらくその場から離れられなかった。

やっと、泣いた。

古泉は耐えられなかったのか、俺の腕を引っ張って自分の胸の中に閉じ込めた。
机が、邪魔だった。

「…僕は、ここにいます…ここに、いて、いいんでしょうか…」

「訊くな、馬鹿」

なんでそうやって自分を否定するんだよ。
訳分かんねぇよ、どうしていつも、いつも

「自分の存在を否定するな、辛いなら俺に言えよ…!俺は、お前を…!」

古泉はただ、ありがとうと言いながら俺をずっと抱きしめていた。

何分間この状態でいたんだろう。

古泉の腕の中は暖かくて、それでいて切なかった。


次の日から、古泉が学校に来る事はなくなった。
朝倉の時みたいに転校した事になってるわけじゃなく、何も、本当に何も連絡は入っていないらしい。
ハルヒ、お前まさか…

「随分仲良さそうだったわね、昨日」

その日、教室に入った時の第一声。
俺は、拳を握った。


帰路に向かう途中、喉が渇いたので飲み物を買う事にした。
そして、学校から少し離れた商店街に今俺はいて、一人ベンチに座っている。
隣にいてほしい人がいないこの感覚。
久々に感じる孤独感。
今は秋。落ち葉がクシャクシャと俺の目の前で通行人に踏まれていく。

今が冬だったら、いつも右隣に感じる温もりを感じる事もできず、寂しさのあまり凍えていただろうから、

今が、冬じゃなくて良かったと思った。